横浜地方裁判所 昭和58年(ワ)1733号 判決 1984年9月17日
原告 安西定雄
<ほか一名>
原告ら訴訟代理人弁護士 石戸谷豊
被告 甲野一郎
右法定代理人親権者兼被告 甲野太郎
右法定代理人親権者 甲野花子
被告ら訴訟代理人弁護士 池田忠正
主文
1 被告甲野一郎は原告ら各自に対しそれぞれ金一七〇九万二三七三円及びそのうち金一六〇九万二三七三円に対する昭和五七年九月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らの被告甲野一郎に対するその余の請求及び被告甲野太郎に対する請求を棄却する。
3 訴訟費用中原告らと被告甲野一郎との間に生じた分はこれを五分し、その三を同被告の、その余を原告らの各負担とし、原告らと被告甲野太郎との間に生じた分は全部原告らの負担とする。
4 この判決は主文1の項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告らに対し各金二六九六万一九三五円及びその内金二四七三万八一二三円に対する昭和五七年九月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 亡安西令(以下「令」という。)は、昭和五七年九月一日午後九時五五分ころ、鎌倉市浄明寺二八〇番地先県道二七号線路上において、同道路を横断中、被告甲野一郎(以下「被告一郎」という。)運転の原動機付自転車(鎌倉市あ九二)に衝突され、頭部を強打して、昭和五七年九月四日、右事故による脳挫傷のため、大船中央病院において死亡した。
2 原告らは令の父及び母であり、同人を各二分の一の割合で相続した。
3(一) 被告一郎は、加害車両である原動機付自転車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた。
(二) 被告甲野太郎(以下「被告太郎」という。)は、事故当時一六歳であった被告一郎の父であり、加害車両の購入費、運行に要する費用を負担し、被告一郎と同居して生計を共通にしていたから、運行供用者である。
4 令ないし原告らは次のとおり損害を蒙った。
(一) 逸失利益金三三三七万六二四七円
令は、事故当時株式会社日本システムエンジニアリングにコンピューターのプログラマーとして勤務していたが、同社に入社したのは昭和五五年四月であったため入社後年数が少なく、現実収入に基づいて逸失利益を算定するのは妥当でない。賃金センサスによる平均額を基礎とすべきである。尚、同人は昭和四八年三月宮城高専を卒業し、同年四月から佐藤金属株式会社に就職し、前記会社に入社するまで同社に勤務していた。
そこで、昭和五六年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・高専短大卒・年令計・男子の統計によれば、年間収入は、三七六万八九〇〇円である。
本件事故は同五七年であるが、同年における賃金センサスはまだ発行されていないので、修正率一・〇五を乗じて年間収入額とする。
右により年間収入額は、金三九五万七三四五円である。
令は、死亡時二九才であったから、就労可能年数は三八年、生活費割合は単身につき五〇パーセントとし、中間利息の控除についてはライプニッツ方式により係数一六・八六八によって算定すると令の逸失利益は金三三三七万六二四七円となる。
(二) 慰藉料金一六〇〇万円
令は、独身のまま、前記のとおり暴走する被告一郎の自動二輪車に激突されて死亡したもので、加害車の著しい過失、右事故態様を考慮するときは、その死亡による慰藉料は金一六〇〇万円が相当である。
(三) 葬儀費金七〇万円
令の埋葬費金二六万八〇〇〇円の弁済は得たが、他に葬儀費用として、少なくとも七〇万円を要した。
(四) 既払額金六〇万円
原告らは、被告太郎より金六〇万円の支払を受けた。
(五) 弁護士費用金四四四万七六二四円
以上のとおり、令の死亡による損害総額は、金五〇〇七万六二四七円となるが、既払額を差し引くと金四九四七万六二四七円となる。
原告らは、遠方のため原告代理人を依頼し、交渉にあたってきたが、主として逸失利益の算定方法をめぐり話し合いがつかず、止むを得ず本訴を提起することとなったが、事案の性質上弁護士を依頼せざるを得ず、その弁護士費用としては勝訴判決が得られたときは、着手金・報酬を通じ認容額の一割を支払う旨約束した。
よって弁護士費用として、損害総額の一割以内である金四四四万七六二四円を合わせて請求する。
5 以上のとおりなので、総請求額は金五三九二万三八七一円のところ、原告両名の相続分は各二分の一であるから、請求の趣旨記載のとおり、被告らの各自原告らに対する、それぞれ金二六九六万一九三五円及びこのうち弁護士費用を除いた金二四七三万八一二三円に対する令の死亡の日であり不法行為後であることが明らかな昭和五七年九月四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1及び2の各事実を認める。
2 請求の原因3(一)の事実を認め、同3(二)の事実中、被告太郎が当時一六歳の被告一郎の父であり、同居して生計を共通にしていたことは認め、その余を否認し、運行供用者であるとの主張を争う。
三 抗弁
令は、夜間飲酒のうえ道路を斜め横断したものであり、過失相殺がされるべきである。
被告一郎が時速七〇キロメートルの速度で暴走していたとの主張は争う。
四 抗弁に対する認否
被告らの抗弁1の主張は争う。却って、被告一郎は時速七〇キロメートルの猛スピードで三台の二輪車の先頭になって暴走中にこの事故を起こしたのであるから、過失相殺をするのは相当でない。
第三証拠《省略》
理由
一 請求の原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。また、請求の原因3(一)の事実は当事者間に争いはないが、同3(二)の事実については、被告太郎が当時一六歳の被告一郎の父であり、同居して生計を共通にしていたことは当事者間に争いはないものの、その余の点については、これを認めるに足る証拠がない。
二 そこで請求の原因4の事実及び抗弁事実について判断する。
1 令の逸失利益
《証拠省略》を総合すると次の事実が認められる。
(一) 令は昭和二八年三月九日生れの男子である。同人は、昭和四八年三月、国立宮城工業高等専門学校金属工学科を卒業し、同時に東京都千代田区神田所在の佐藤金属株式会社に就職したが志と異なり、営業(セールス)を担当させられたため、昭和五二年六月を以て同社を退職し、一時サッポロビール株式会社仙台工場で臨時職員として稼働した後、昭和五五年四月一日、株式会社日本システムエンジニアリングに就職し、死亡時まで同社に働いた。
(二) 令の佐藤金属株式会社における収入は、昭和四八年四月一日から同年一二月三一日の間が金八八万四〇一五円、同四九年が金一六九万〇二八四円、同五〇年が金一四〇万八九〇〇円、同五一年が金一七五万五五〇〇円、昭和五二年一月一日から同年六月三〇日までが金八六万三〇〇〇円であった。また、株式会社日本システムエンジニアリングにおける同人の収入は、昭和五六年が金一八五万三四〇九円、昭和五七年三月から同年八月までの間が金一〇九万二四一九円(一年に換算すると金二一八万四八三八円)であった。
(三) 令には、その将来における稼働能力に影響を与えるような著患はなかった。
ところで、賃金センサス第一巻第一表から、産業計、企業規模計、男子労働者、高専又は短大卒の者の平均賃金(年収)を取り出すと、昭和四九年については二一歳を含む年齢帯では金一二八万四七〇〇円、昭和五〇年については二二歳を含む年齢帯では金一四六万五九〇〇円、昭和五二年については二四歳を含む年齢帯では金一六九万八〇〇〇円、昭和五七年については二九歳を含む年齢帯では金二九四万〇六〇〇円である。これと先の収入を比較すると、令は佐藤金属工業に稼働中には概ね平均的な収入を得ていたか、日本システムエンジニアリングに稼働中は再就職であるために平均収入に達していなかったものということができる。
そこで、令の死亡による逸失利益の算定については、令の死亡時から六七歳に至るまでなお三八年間、先の例に従い昭和五七年度の賃金センサスから取り出した同じ条件の者の余年齢平均年収金三八四万〇八〇〇円に、金二一八万四八三八円(昭和五七年度のみなし年収)を金二九四万〇六〇〇円(賃金センサスから取った昭和五七年度の平均年収)で除した〇・七四三(未満四捨五入)を乗じた金二八五万三七一四円の年収を得るものとし、生活費としてその五割を費消するものと推定すべく、中間利息の控除につき、年五分の割合によるライプニッツ方式(係数は一六・八六七八)を用いて計算した総計金二四〇六万七九三八円と評価するのが相当である。
原告らは、賃金センサスから平均賃金を取り出し、減額を行うべきでないと主張しているが、再就職によるハンディキャップは明瞭であって、到底とり得ない考え方である。
2 葬儀費
《証拠省略》によれば、令の葬儀には約金一二〇万円を要したことが認められる。令の死亡時の年齢を考慮すると、右のうち金七〇万円を以て本件と相当因果関係にある損害と認められる。そして、このうちに含まれるべき埋葬費金二六万八〇〇〇円の弁済がすでになされたことは、原告らの自認するところである。
3 過失相殺
《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められる。
(一) 事故が発生した道路は、事故現場付近では全幅員七・五メートルのうち、南側に幅員〇・七メートルの路側帯、北側にガードレールをはさんで幅員一・〇メートルの歩道があり、車道幅員五・八メートルの中央には追い越しのための車線変更禁止を示す黄線が引かれている、アスファルト舗装の施された、平担な直線道路である。速度は、高、中速車とも最高時速四〇キロメートルの規制がされている。夜間は、照明が乏しいため暗い。両側には人家が立ち並んでいる。
(二) 被告一郎は原動機付自転車に乗り、友人三人と共に高速運転を楽しむために事故現場付近に至り、衝突現場の九七・四メートル付近で、先行する友人の二輪車を追い越し、そのまま時速七〇キロメートルくらいで走行し、友人が追いついて来るかとバックミラーを見つつ進行していたところ、直前七・九メートルに令を発見したが避ける間もなく衝突した。
(三) 令は、女性の友人を送ったあと同県道を歩き、バスを利用するため道路の反対側に渡ろうとしたところ、右のとおり衝突した。
右の各事実によって考えるのに、令は、夜間のことであり、原動機付自転車の接近をエンジン音やヘットライトによって知り得たはずであるから、事故を防ぐために、安全確認をし、場合によっては暫時横断を思いとどまることもできたといえ、この点で落度がある。もっとも、被告一郎は、原動機付自転車の法定最高速度である時速三〇キロメートルを大きく上まわる時速七〇キロメートル(秒速一九・四四メートル)で、前方の安全不確認のまま走行したのであるから、その軽率さは強くとがめられるべきである。
これらを総合し、令の前記の落度を損害賠償額決定のために考慮すべきであるが、その割合は減額一五パーセントを超えないものと認めるのが相当である。
《証拠省略》によれば、事故現場の先四三・五メートルの地点に横断歩道があることが、《証拠省略》によれば、令は道路をやや斜めに横断したことがそれぞれ認められるが、右の判断を左右するに足りない。
4 慰藉料
諸々の事情(令の落度を含む)を考慮し、令の死亡による慰藉料はこれを金一二〇〇万円と認めるのが相当である。
5 既払金
原告らが、金六〇万円の損害填補を得たことは当事者間に争いがない。
6 弁護士費用
原告らが本訴の追行を弁護士に依頼したことは記録上明らかであり、事案の内容、認容額等を考慮し、金二〇〇万円を以て、本件事故と相当因果関係にある損害と認める。
三 結論
以上によれば原告らの被告一郎に対する請求は、各原告が前二の1及び2の合計額に八五パーセントを乗じ、4の額を加え、5の額及び既払埋葬費を減じ、6の額を加えた額の二分の一である金一七〇九万二三七三円及びうち金一六〇九万二三七三円に対する令死亡の日である昭和五七年九月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、同被告に対するその余の請求及び原告らの被告太郎に対する請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条の各規定をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 曽我大三郎)